死生観と、ある患者さんとの思い出



コメントお返事できてなくてごめんなさい。
全て拝読し心に刻んでおります。


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たまーになんとなく語りたくなることがある。



さて今日は。

私の死生観と、その形成に関わったある1人の女性患者についてでも。





日本人というのは、死を忌み嫌う人種であると思う。

死とは人生の終わり。永遠の別れ。そういった意味であろう。

それ自体否定はしない。

とても悲しい出来事であるし、辛いものであるのは間違いない。

だが私自身は死に別の意味を見出したい。



死とは人生という大きな航海の終着点、映画で例えるならエンディングというところ。

ならば可能な限り華やかに彩りたいではないか。




私は学生時代、1人のがん患者さんに出会った。

彼女は私の母と同年代で卵巣がんの末期、いつ死が訪れてもおかしくはない状態だった。


毎日死に怯え涙を流す彼女のことが気になり、担当から離れても時折見舞った。

彼女も私には心を開いてくれ、様々な話をした。

旦那さんのこと、息子さんのこと、行ってみたかった場所のこと…


ある日私が東京に用事があって行くことを告げると、写真を見せて欲しい、と彼女は言った。

行ってみたかった場所だから…と。

私は彼女の顔を思い浮かべながらスカイツリーの写真を撮り、持っていった。

彼女は目に涙を浮かべながら喜んでくれ、それがまた、私は嬉しかった。




ある日、突然彼女はホスピスに転院となった。

私は別の科にいてそれを知ったのは数日後だった。


もう彼女のいない病棟に、ご家族が代筆してくださった私宛の手紙が残されていた。


〇〇先生が来てくださって、母は救われました。これからは母が安らかに逝けるよう、サポートしていきたいと思います。


とあった。


彼女の笑顔を思いながら泣きながら読んだ。

もう彼女に会えない。しかしホスピスへの転院は彼女にとって最善の結果。なんとか良い最期を迎えてほしい…


そう思いながら一年がたった。


ひょんなことで、彼女が転院したホスピスに行く事になった。


私は彼女の記録を見せて欲しいと頼んだ。


そこには彼女の最期の気持ちが綴られていた。


ここに来てよかった。こうして家族と最期を迎えられるなんて、幸せね。


と。


彼女は安らかに、眠るように、そして幸せそうに、逝ったようだった。


彼女の最期に直面し悲しいと思いながらも、安らかに逝けたことを知りどこかほっとした気持ちもあった。


いまでも、ご家族は穏やかに彼女の思い出を話されるという。





死とはただ、忌み嫌うべきものであろうか。


生を受けたものとして、死は必ず訪れるもの。


ならば、私はどんな人も心穏やかにエンディングとして迎えられる死をコーディネートしたい。


そんな気持ちがある。


だからこその今の選択でもある。



患者さんは皆、師であり、大切な存在である。


初心に帰るべき時彼女の手紙を読み返す。


久々に彼女のことを思い出して懐かしい気持ちになった。


こうしてきちんと医師になった姿を見せたいものである。


彼女はなんと言ってくれるであろう。








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プロフィール

あさひな

Author:あさひな
うつ病3年、躁うつ半年、あさひなです^ ^
病気でも楽しく生きる!をモットーに頑張ります!

2012年12月 うつ病発症
治療開始
2014年4月 就職(研修医)
2014年6月 再燃
2014年9月 休職開始
2015年2月 双極性2型疑われる
2015年8月 復職

病気に負けずにお仕事頑張ります(^^)

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